サンディエゴ滞在 雑感2

前のエントリーのつづき。サンディエゴ滞在の感想後編。


4. San Diegoの日本人
当たり前といえば当たり前なんだが、驚きの程度では、San Dieganの早寝早起き生活と同程度の大きなものだった。その中身が何かと言えば、人の流動化が進み、海外生活がコモディティ化して日本語(各国語)だけで容易にできるようになったということ。7歳から1年半、20歳で1年2ヶ月フランスに住んだ経験(Before Web)を持つ私が20年以上ぶりに、しかもカリフォルニアに住んだことも驚きの理由だろう。

かなりの割合のここの日本人にとって、海外生活とはその国と人を知る、その国と人に溶けこむという作業との重なりは乏しく、単純に日本でないところで暮らす、いや「住む」ということになっていた。そういった海外生活を経験したことのない私には、そんな日本語だけで「ちょっと長い海外旅行」を楽しんでいるタイプの人たちは奇異に映った。サンディエゴでは日本語検索の末尾に「サンディエゴ」と入れてやれば85%のことは日本語で事足りる。SNSで日本人同士がつながることも容易。そういうわけで日本からの学部留学生もアメリカ人の友人が出来る渡米前に日本人の友人がすでにできていたりして、けっこうな割合で日本人だけで飲み会もしているよう。だからこっちについての発見の機会や1人であれこれ考える内省の時間が自分の学生生留学時代よりも少ないという印象。

同じ言語の話者で固まる傾向はどの国の人にもあるが、日本人は英語が下手すぎて、現地の友人ができにくいように思えた。特に子どもがいなかったり、活動範囲の狭い小学校低学年の子どもだけの家庭だと、そもそも現地の人と知り合う機会すらほぼない。うちの場合も大同小異だけど、10歳の子どもが野球などのスポーツをやっていたため、かろうじてローカルとの付き合いがあった。監督の家に呼ばれることもあり、互いを家に呼び合う友人が2人だけはできた。もちろん10年ぐらいいてこちらに溶け込んでいる日本人もいるが、比率としては少ないというのが実情だろう。事務的なものを日本語でこなすのはよいけど、もう少し現地に溶けこむようにしたら、という気は大いにした。形式的なグローバル人にはなりやすくなったが、実質的なグローバル人(現地に溶け込むという意味ではグローカル人だけど)になるのはより難しくなっていたというわけだ。


5. San Diegoの食文化
想像していたが、水準は低い。当たりを引きたきゃバーガー、半分はずれだが時に美味しいピザという感じ。学会でアメリカの田舎から来た人たちはここの食事を「おいしい」というが、これは相対的なもの。アメリカ、イタリア、フランス、インド、ベトナム、中国料理などを外食してまた行こうという店は少ない。パンのまずさはサンディエゴでは特筆もの。食文化に限らず、文化は東のごく一部が牛耳っているということを思い知らされた(シアトルにはうまいパンやがいくつかあった)。ただし、私はあまり好きではないのだが、メキシコ料理だけは探して行けば特に国境近くには美味しいところがある。

レストランのメニュー開発を生業としている料理学校先生から妻が聞いたところによれば、やっと外食産業のレベルが上がり始めたばかりというのがサンディエゴの実情のようだ。その先生から聞いた美味しい店何軒かに足を運んだが、結果は冒頭のとおりだった。Sushiもとてもポピュラーで、Siriで「最も近い寿司屋はどこ?」というのがモチーフになっているくらいだが、彼らの食べ方は巻物中心で、鶏の唐揚げと一緒に食べるというもの。そういう味覚だからYelpの評価はまったく当てにはできない。でも日本食材は十二分なほど手に入るので、日本食を作る分には問題なく、毎日まずいものを食べていたわけではなかった。

ちなみにカリフォルニアでも北部に位置するNapa, Sonomaのワインカントリーを旅したが、サンディエゴに比べればそちらの方がはるかに食のレベルは高い。評価の高いレストランのフュージョンはかなり美味しいのだが、それでもフュージョンであるカリフォルニア・キュイジーヌって、突き抜けられていないという我が家での評価。本当には融合していないんですよ。後述するように多様性を尊重しジャズもあるのにどうしてなのかは本当になぞ。うま味がないのはもちろんだが、化学変化がない感じで、素材が5種類超えるとどんどんまずくなる、というのが妻の発見した法則。飜えれば日本の食文化は本当に素晴らしいということ。


6. San Diego・アメリカの良さ
まとまった時間がもらえて執筆や研究構想が進んだし、ここを起点にずいぶんと旅もしたが、東京という世界有数の刺激的な都市から来た私にしてみれば、サンディエゴは2年で十分という街であった。素晴らしいのは過ごしやすい気候(それでも2年目は紅葉が恋しくなる)と海ぐらい。あとはZooも忘れてはいけないすばらしい施設。逆に言えば、それさえあれば十分という人には魅力的で、リタイアした比較的裕福な老夫婦にここは人気がある。アジア系とヒスパニックが多く、東海岸に比べると人種偏見は少なく、またアクセントのある英語の聞き取り能力が高い(これは当初自分の英語を聞き返される回数が少なくて驚いた)。

ここまでの自分の感想を見返すとなんだがあまり良いことが書かれていないサンディエゴだが、1年程度「住み」、日本人同士でZooやちょいと遠出してディズニーランドあるいはゴルフに飲み会を週末に楽しむとすれば、とても楽しい街だ。というのは半分皮肉だが、それでも受容性や多様性の許容ということに関しては日本とは比較にならない。Land of the Freeがこれほどまでも多くの人を惹きつけることは理解できた。自由気ままに生きたいのであれば、良いところであることは間違いない。言いたいこともろくに言えない国からならここは奇跡だし、一部の人が日本で感じている息苦しさはないのだろう。だからそういう人が日本人を含めてここに「住み」あるいは色々な国から「暮らし」にくるわけだ。アパート清掃員や洗車スタンドの清掃員は軒並みヒスパニックだ。

また能力さえあれば、すぐに認めて貰えるのもアメリカならでは。息子もまさに芸は身を助くで、野球によって現地の友人に溶け込んでいったし、活躍することで、ものすごい声援を受け、名前も覚えられる経験もした。ここは本当にアメリカの良さで国力の源泉でもある。


7. (番外編)日本語の本やWebとのつきあい方
英語の論文を読む機会が増え、日本語の出版物が手に入りにくい状況で身につけた良い習慣の1つは、すぐに日本語の本を買わないようになったことだ。アマゾンのカートに入れても1ヶ月後に「これいるの?」と問えば「読むに値しない本」とカテゴライズされるものがいかに多いかが判明。2年目には年に3回日本のアマゾンから日本語の本をまとめて購入したが、その2倍もあれば実は日本語の本は日本でも十分かもしれないと感じた。学生には「何を読まないかが大事」とつねづね言っていたが、自分もずいぶんと無駄な読書をしていたことが実感できた。

またWebについては日本にいた時よりも読んでいたが、日本語のブログやジャーナリズム記事の全体としての水準の低さを感じてしまった。これは英語のアングラサイトなどを知る情報経路がなくて、Twitter経由で知るものが水準の高いブログなどであるという事情もある。どうしようもない話題で炎上しているアメリカのケースなど知れば、少し印象は変わったのだろうが(英語力ゆえそういうもののくだらなさ、おもしろさがわからないけどね)。つまり梅田望夫さんのいう「日本のウェブは残念」というのはたしかにそういう風景に見えた。

BLOGOSなぞを見るにつけ、2005,6年に比べると質が落ちたなぁという印象。もはやソーシャルメディアを含めて日本のWebってのは読み物としてはあまり時間を費やす対象ではないのかなという印象を持った。単に更新頻度を高めるための埋め草といったら言いすぎかも知れないけれど、言論・評論空間には程遠くてアフィリ空間・ネタ空間という感じ。ちなみに少し前にBrainPickingsというサイトが実はアフィリで稼いでいたとこちらで話題になっていたが、これだけ本の中身に踏み込めばアフィリはあり。ほとんど中身と本の内容が関係ないのはどうかね、と。この辺の諸々は帰国後にゼミ学生と話をしてみたい。


Goodbye, University City, San Diego!